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そのとき、会社が動いた。

介護から始まった遠回り

Luupは何を先にしたのか

Luupの転機を、公開情報からたどります。

2020年5月25日、月曜日。渋谷区や目黒区、港区など都内6区の一部に、小型の電動アシスト自転車が置かれます。ポートは57か所、機体は50台。初乗り10分100円のシェアサービス「LUUP」の始まりです。同じ日、政府は首都圏と北海道に残っていた緊急事態宣言を解除しました。宣言が解けたその日に、新しい乗り物が街に置かれたことになります。

いま「LUUP」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは電動キックボードでしょう。ところが、この会社が最初に街へ出したのは自転車でした。意外なことは、もう一つあります。創業者の岡井大輝氏が会社を興したとき、描いていた事業は乗り物ですらありません。家庭に介護士を届けるサービスだったのです。

介護をあきらめて移動を先にし、移動の中でも自転車を先にする。キックボードが加わるのは11か月後です。57か所だったポートは、2026年4月に17,000か所を超えます。およそ300倍。その広がりの出発点で、Luupは何を先にし、何をあとに回したのか。手がかりは、この会社が残した発表と言葉の並びにあります。

第1章 介護の前に、移動がある

東京大学の学生だったころ、岡井氏は仲間たちといくつかの事業を構想しています。けれども資本は大きく集まりませんでした。これではインフラと呼べるものにはなり得ない。そう判断して、構想はいったん畳まれます。

足りないのは経験だ、と彼らは考えました。必要なスキルを身につけてから、もう一度集まろう。そう約束して、岡井氏は戦略系のコンサルティングファームへ、ほかの仲間もそれぞれの持ち場へ散っていきます。起業は30歳で、という心づもりでした。

実際には、その予定は5年早まります。2018年7月、株式会社Luupの設立。岡井氏は25歳でした。

このとき描いていたのが、介護の事業です。介護士や資格を持つ人が、必要なときに家庭を訪ねて手助けをする。岡井氏はのちに、創業当初の構想を「介護士やその資格を持つ方々が、スポットで家庭に訪問しサポートを行うCtoC事業」だったと明かしています。

構想は、実を結びませんでした。理由として岡井氏が挙げたのは、介護そのものではありません。日本には駅から離れた場所に自宅がある家庭が多い。いまの交通インフラと都市の構造では、介護士が家々を回るサービスは広がりにくい。そう考えて、岡井氏は「短距離移動手段の確立に先に着手することにしました」と振り返っています。

ここで大事なのは、壁の位置です。介護の問題を解こうとしたら、その手前に移動の問題がありました。つまりLuupの乗り物は、介護の構想が行き止まった場所から生まれています。

のちに会社は「街じゅうを『駅前化』するインフラをつくる」を使命に掲げます。駅から遠い家を、駅前と同じくらい便利な場所にする。創業から3年たった2021年には、岡井氏が人口減少と高齢化で従来の公共インフラを保つのが難しくなるという見方を示し、「僕たちは21世紀のJRになりたい」とまで語るようになります。

ただ、それはまだ先の話です。創業したばかりの会社がまず足を運んだのは、自治体と、永田町でした。

第2章 議員会館の総会

当時の電動キックボードは、道路交通法の上では「原動機付自転車」です。運転には免許が要り、ヘルメットも欠かせません。手軽な乗り物という見た目とは裏腹に、法律の上では原付バイクと同じ扱いでした。

2019年4月18日、Luupは浜松市、奈良市、四日市市、多摩市、埼玉県横瀬町の5つの自治体と連携協定を結んだと発表します。電動キックボードの実証実験と、公共交通のあり方を一緒に考えることが柱でした。乗り物を売り込む前に、まずまちの側と手を組む。最初の一手は、そういう形をしています。

その40日後の5月28日、火曜日。東京・永田町の衆議院第一議員会館で、「マイクロモビリティ推進協議会」の設立総会が開かれました。集まったのは、Luupをはじめとする国内の電動キックボード事業者です。会長には、岡井氏が就きました。発表された目的の一つめには、こう書かれています。「電動キックボードの利活用に係る自主規制体制を構築する」。

目的の先頭に置かれたのは、事業の拡大ではなく、自分たちを縛る仕組みでした。新しい乗り物の事業者たちが、最初に掲げた言葉がそれだったのです。

秋になると、国の制度がもう一つの道を開きます。2019年10月17日、内閣官房は「規制のサンドボックス」制度で新しい実証計画を認定しました。その一つがLuupの計画です。場所は、横浜国立大学のキャンパスの一部。公道ではなく、限られた敷地で確かめるところから始める計画でした。

Luupはその後、全国30か所以上の私有地や公有地で実証を重ねていきます。機体やアプリをつくるだけでは足りない。既存のモビリティ産業との調整や、自治体や警察との対話も欠かせない。岡井氏はのちに、そう語っています。

乗り物の会社というより、まずはルールと向き合う会社として始まった。そう読むこともできるでしょう。では、そのルールがまだ変わらないうちに、会社は何を街に出したのか。

第3章 自転車が先だった

答えが、冒頭の2020年5月25日です。

この日の発表文の題には「非3密型の移動手段として」とあります。本文は、厚生労働省の「新しい生活様式」が徒歩や自転車での移動を勧めていることを引いていました。キックボードについては、将来同じアプリに加える計画だと書くにとどめています。そして一文。「まずは小型電動アシスト自転車のシェアから開始します」。

このときキックボードは、法律の上では原付のままでした。台数は安全に配慮して50台に絞ったと、発表文はわざわざ断っています。

キックボードのほうは、別の手続きを踏みました。同じ年の秋には、国の特例制度を使い、ヘルメット着用を必須とした公道での実証に参加者を募ります。走れる場所は、自転車専用の通行帯にまで広がっただけ。扱いは原付のままでした。

一般向けの開始は、2021年4月23日です。自転車から11か月後。最高速度は15km/h。交通量の多い道路は、会社が自主的に走行禁止としました。利用には運転免許証の登録が要り、交通ルールの確認テストで満点を取らなければ乗れません。

台数は、まずは100台から。

ここで効いてくるのが、自転車で過ごした11か月です。キックボードが走り出したとき、都内のポートは約300か所。そのうち約200か所で、キックボードの乗り降りができました。新しい乗り物は、何もない街に置かれたのではありません。1年かけて自転車で張った網の上に、そっと載せられたのです。

網の目を細かくしたのは、場所を差し出す側でした。2022年4月には、ファミリーマートがLuupとの資本業務提携を発表し、店舗の敷地にポートを置くことになります。コンビニの敷地の片隅。駅前の便利さは、そういう小さな空きスペースの積み重ねで街に染み出していきました。

それでも、乗り物はまだ「特例」の中にいます。ただ、法律が変わる日は、すぐそこまで来ていました。

第4章 2023年7月1日

制度が動いたのは、国会です。

2022年4月19日、改正道路交通法が成立します。最高速度などの基準を満たす電動キックボードを、「特定小型原動機付自転車」という新しい区分に移す内容でした。16歳以上なら、免許なしで乗れる。ヘルメットは努力義務。2019年の設立総会から数えて、およそ3年が過ぎていました。

ただし、国会は扉を開けただけではありません。法律には附帯決議が付き、ヘルメットについては「着用の義務化も含め」着用率を高める方策を、電動キックボードについては「免許制の導入も含め」規制のあり方を検討するよう求めています。開けた扉を、閉め直す余地も書き残した。そういう決議です。

施行の日は、2023年7月1日、土曜日に決まりました。

その2日前、Luupは準備の中身を公表します。エリアは東京、大阪、京都、横浜、宇都宮、神戸、名古屋の7都市。ポートは3,500か所を超えていました。2年前の約300か所から、10倍あまりです。

象徴的なのは、新しい機体に付けた一つのボタンです。歩道を走るための6km/hへの切り替えは、完全に止まったときしかできない。ほかにも、16歳以上であることを確かめる本人確認書類の提出、全問連続の満点を条件にした交通ルールのテスト、すべての違反へのペナルティと、確かめる手順が一息に増えています。

法律が条件を一つ外した日に、会社は確認を一つずつ足していたのです。

施行の当日から4日までは、東京・渋谷のMIYASHITA PARKで安全講習会の予定が組まれていました。当日は東京の中池袋公園と大阪の中央公会堂でも、翌日は神戸のメリケンパークでも。ルールが変わるその週末、三つの都市に、乗り方を伝える場が用意されていたのです。

Luupはこの日の声明で、電動の小型モビリティのための交通ルールが初めて定められたことを「新たなモビリティの安全な普及に向けた前進である」と位置づけています。選ばれたのは「前進」という言葉です。到達ではなく途中だという書き方だと、読むこともできるでしょう。

実際、ここから先の数年は、会社が答えを求められる側に回る時間になります。

第5章 問われる側に回る

まず、公的な数字を見ておきます。LUUPに限らない、特定小型原動機付自転車という区分全体の数字です。警察白書によれば、この区分が関係した交通事故は、施行から半年の2023年12月までに85件。2024年の1年間では338件です。この年、亡くなった人は1人、けがをした人は350人を数えます。運転者が飲酒していた事故は、338件のうち51件あります。

指摘は、乗る人の振る舞いだけにとどまりませんでした。2024年の秋、一部のポートが防火水槽や避難器具の降下場所をふさいでいるという投稿がSNSに相次ぎます。Luupは、人為的なオペレーションのミスと、体制が整っていなかったことが背景にあったと説明したと報じられました。

2025年3月25日、Luupは安全対策の強化を発表します。中心は、独自の危険行動検知システム「LUDAS」です。車両のGPSが記録した走行経路から、公園の中の走行や通行禁止道路の走行、大通りの逆走を見つけ出す。担当者が軌跡を確かめたうえで、警告や利用停止を決める。4月下旬、代々木公園や新宿御苑トンネル、山手通りの一部から始めるとしました。

交通ルールのテストも、全利用者が受け直すことになりました。問題は11問から14問へ。期限は6月1日です。

同じ発表をめぐっては、新しい設置基準のことも報じられています。約12,000のポートを総点検。1,000を超えるポートが、基準に合わないおそれがあると報じられました。一方で、LUDASは歩道の走行を検知できず、措置は少なくとも数日後になることも伝えられています。できることと、まだできないこと。その両方が、同じ日に示されたことになります。

岡井氏はこの発表の場で、「最終的には危険な事故ゼロを目指す」と述べました。

同じ年の9月1日、あの協議会が名前を変えます。2019年に議員会館で生まれた「マイクロモビリティ推進協議会」は、「日本マイクロモビリティ協会」に。正会員はLuupを含む6社で、キックボードの事業者に加え、大手のシェアサイクル事業者が名を連ねます。賛助会員には損害保険の大手2社。キックボードの会社が自分たちを律するためにつくった場は、6年で、自転車と保険の会社を含む場になっていました。

2025年11月の調達で、集めた資金は累計およそ214億円になります。その使い道の先頭に置かれたのは、拡大ではなく安全でした。

問われ、決め直し、また問われる。その繰り返しの途中で、会社はふと、出発点に戻る場面を迎えていました。

第6章 訪問介護の事業所に、ポートが置かれる

時計を少し戻します。

2024年3月25日。Luupは、京都の訪問介護事業者との取り組みを発表しました。介護のスタッフにLUUPの割引クーポンを配り、事業所にポートを置く。家から家へと回る介護士の移動を、少しでも効率よくするための試みです。

第1章で引いた岡井氏の言葉は、じつはこの発表に寄せたコメントの一部でした。介護士がスポットで家庭を訪ねる事業を考えていたこと。駅から遠い家が多く、移動の壁のためにあきらめたこと。そのいきさつを、岡井氏は訪問介護の取り組みを発表するまさにその日に、自ら語っています。

6年前、介護の事業は移動の壁の前で止まりました。介護を断念して先に手をつけた乗り物が、今度は介護士たちの足として、同じ現場に入っていく。構想は形を変えて戻ってきた、と言ってよいでしょう。岡井氏はコメントで、訪問介護の事業者が可能性を見出してくれたことへの感慨を述べています。

2024年11月の時点で、LUUPの車両は約3万台。最初の50台の600倍です。利用の8割以上は、通勤や通学、買い物といった日々の移動でした。駅から遠い家と駅前をつなぐという使命は、特別な日の乗り物ではなく、ふだんの足として形になりつつあります。

終章 社史の目で見ると

Luupの八年を社史の目で読むと、残しておきたいものが三つ見えてきます。

一つめは、手放した構想と、その理由です。介護の事業をあきらめた理由が「移動」だったことは、そのまま次の事業の出発点になりました。そして6年後、その事業は訪問介護の現場に戻ってきます。断念の記録は、失敗の記録ではありません。会社がなぜいまの姿をしているのかを、いちばん短く説明する言葉になります。岡井氏がその理由を公の場で語ってきたからこそ、外の人間にもこの筋道をたどることができるのです。

二つめは、順番の記録です。自転車が先で、キックボードは11か月後。議員会館の総会から法律の施行まで、約4年。年表に残るのは日付だけです。けれど、何を先にし、何を待ち、待つあいだに何を備えたかは、会社の判断そのものでしょう。順番を選んだ理由は、当事者が書き残さなければ、日付の行間に消えてしまいます。

三つめは、問われたことへの応答の記録です。ポートの置き場所への指摘、新しい乗り物の安全への問い。Luupの年表には、外から問われ、それに応えて何かを決めた日が少なくありません。誇れる日だけでなく、問われた日と、そのとき下した判断を並べて残す。のちに読む人にとって、それがもっとも信頼できる社史になるはずです。

57か所から始まったポートは、いま17,000か所を超えています。その一つひとつの手前に、決めたこと、決めなかったこと、問われて決め直したことがありました。会社の歩みを、その理由まで読めるように残しておきたい方は、KATARUの読みもの(https://kataruai.com/shiryo/)もあわせてご覧ください。

参考にした公開情報

株式会社Luupの発表

提携先の発表

公的機関の資料

報道・インタビュー

この記事は、noteの連載「そのとき、会社が動いた。」にも掲載しています(noteで読む)。

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公開日:2026年10月15日 KATARU(運営 ミダスマーケティング)