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そのとき、会社が動いた。

自分の名前を後ろに回したファクタリング会社

OLTA

OLTAの転機を、公開情報からたどります。

2026年6月1日。東京の東栄信用金庫が、新しいサービスを始めました。

名前は「東榮信用金庫クラウドファクタリング powered by OLTA」。取引先に出した請求書を、ネットで申し込むだけでお金に換えられる仕組みです。前に立つのは、地元の信用金庫の名前。仕組みをつくった会社の名前は、最後に添えられているだけです。

この形でOLTAと組む金融機関は、これで48になりました。銀行が33行、信用金庫が14金庫、信用組合が1組合。

OLTAは、2017年に生まれたスタートアップです。この形にたどり着くまでには、創業者が「3年もかかった」と振り返る交渉がありました。

29歳の誕生日の翌日

劇画調の漫画の3コマ。証券会社で大企業の資金調達に携わる男性、町工場で請求書を手に困る社長、上司に退職を申し出る場面

澤岻優紀は、沖縄の生まれです。大学で神戸に移り、就職して東京へ。本人いわく、だんだん北上してきました。

就職先は野村證券でした。投資銀行の部門で、大企業の資本政策や資金調達の仕事に携わります。そこで見えてきたのは、会社の大きさによって、お金の集め方の選択肢がまるで違うという現実でした。大企業は、株でも社債でも、いくつもの手段から選べる。では、中小企業はどうか。

「一方、中小企業では銀行からの借入れくらいしか選択肢がなく」

澤岻は、そう語っています。

経営そのものへの興味は、もっと前からありました。ある起業家の姿を見たのがきっかけだったといいます。大企業の資金調達を間近で見るうちに、自分でも会社を起こしたいという思いが高まっていきました。

そして、ある日、決めます。

「29歳の誕生日の翌日に勢い余って退職を申し出ました」

辞めたあとは、ベンチャー企業やベンチャーキャピタルでアルバイトをしながら、事業の種を探しました。アイデアは、すぐに4つ5つ出てきたといいます。その中から澤岻が選んだのが、中小企業の資金繰りでした。課題が解ければ、社会への影響も大きいはずだ、と。

目をつけたのは、銀行の融資が届きにくい隙間です。澤岻の見立てでは、銀行には、より大きな金額を貸したいという動機が働く。そうなると、数十万円から数百万円の、少しだけ、短いあいだだけ要るお金は、手当てが難しくなっていくのではないか。

「銀行の守備範囲外となってしまう中小企業にこそ金融ニーズがある」

澤岻は、そう考えました。請求書はあるのに、入金はまだ先。その間をつなぐお金です。

賛否が分かれた選択

2017年4月、OLTAが生まれます。

最初に向き合ったのは、どんな会社になるかという問いでした。澤岻は当時を振り返り、「事業の方向性として、2つの道がありました」と語っています。一つは、自分ではリスクを取らず、審査のモデルづくりに専念する研究開発型の会社。もう一つは、自分たちで請求書を買い取り、お金を届ける会社です。

選んだのは、後者でした。ところが、ここでお金を出す側の賛否が分かれます。請求書を買い取るには、元手そのものが要る。集めたお金が、買い取りの資金に回っていくのです。ベンチャーキャピタルの考え方を、澤岻はこう言い表しています。

「彼らは出したお金が100倍や1000倍になることを狙っている」

それでも澤岻は、この市場はまず自分たちで大きくしていく必要がある、と説いて回ります。賛同した2社のベンチャーキャピタルから、お金が集まりました。最初の調達は、製品のないまま、説明の資料だけで臨んだものでした。集まった仲間は、野村證券やソニー、三菱商事などの出身者たち。大きな会社の金融を知る人たちが、小さな会社の金融に取り組む布陣です。

2017年11月、限られた相手に向けて、サービスが始まります。中小企業や個人事業主が、取引先に出した請求書をネットで送ると、OLTAが買い取ってお金に換える。審査は人工知能で、結果は24時間以内に届きます。手数料は2〜9%。OLTAは、これを国内で初めてのクラウドファクタリングとしています。

反応は、予想を超えていました。

事業開発を担う歳森凡文は、当時の手応えをこう語っています。

「思った以上に引き合いが強くて」

使った人がまた使ってくれる理由は、手数料の安さより、早さと簡単さだった。澤岻はそれを「ポジティブなサプライズだったなと思います」と振り返っています。2019年6月には、申し込みの総額が100億円を超えました。サービスを始めて、1年半あまりのことです。同じ月、OLTAは融資と合わせて25億円を集めています。審査を支えるのは、およそ20万社のデータから作った採点の仕組みでした。

「ちょっと怖いお兄さん」

申し込みは増えていきます。けれども、OLTAには越えられない壁がありました。ファクタリングという言葉そのものの印象です。

澤岻は、当時の世の中の受け止め方を率直に語っています。融資に比べてなじみが薄く、イメージもあまりよくなかった。

「雑居ビルの一角でちょっと怖いお兄さんがいるところでやり取りすると思っている方もいましたし」

既存の金融機関が始めたら、すぐに負けるのではないか。そんな声もあったといいます。

それまでのファクタリングには、紙の書類をそろえ、審査の会社まで出向く手間がありました。ネットで申し込めて、24時間以内に答えが出て、手数料も見える。OLTAの仕組みは、その手間に一つずつ答えるものでした。それでも、名前を知らない会社に請求書を預けるのは、勇気のいることです。

OLTAは、銀行と戦うつもりがありませんでした。2019年の時点で、澤岻ははっきりこう語っています。

「ファクタリングは数十〜数百万円の間での利用がほとんどなので、融資の代替になろうとは考えていません」

別の場では「クラウドファクタリングはあくまで補完財だと考えています」とも語っています。短く、少しだけ、すぐに要るお金のための道具です。そう考えるなら、組むべき相手は、むしろ銀行でした。地元の会社と長く付き合い、その懐具合をよく知っているのは、地域の金融機関です。

同じ2019年の夏、澤岻は自分のnoteに、こう書いています。

「銀行を始めとするパートナー企業の名前で提供していることが顧客の安心感醸成の観点からプラスに働くと考えている」

最初の提携の、1年前のことです。

澤岻は、創業のころから金融機関との交渉を始めていました。2019年には西武信用金庫とビジネスマッチングの取り組みを、2020年1月には株主の新生銀行と、共同でファクタリングを行う会社「anew」をつくっています。anewが買い取るのは、数百万円から1,000万円ほどの請求書です。OLTAだけのときより、一件の額が大きい。審査などの仕事はOLTAが引き受け、会計ソフトの「奉行クラウド」とつなぐところから始めました。

けれども、銀行に仕組みそのものを使ってもらう話は、なかなか進みませんでした。

そのとき:2020年8月

劇画調の漫画の3コマ。地方の銀行の会議室で説明する男性、窓辺で振り返る横顔「最初の提携まで3年もかかりました」、スマートフォンを見てほっとする町工場の社長

2020年8月、OLTAは発表します。群馬銀行と十六銀行の2行に、クラウドファクタリングの仕組みを丸ごと提供する。

ウェブのサービスの企画から、開発、導入、運用の相談まで、OLTAが引き受けます。お客様に届けるのは、それぞれの銀行の名前です。収入は、銀行と分け合う。OLTAにとって、初めての形でした。

創業から3年。澤岻は、この日までをこう振り返っています。

「最初の提携まで3年もかかりました」

少しずつ実績を積み、粘り強く交渉した結果だった、と澤岻は続けています。時はコロナ禍のさなかでした。窓口に行かずに、オンラインでお金の手当てができる。地方の中小企業にとって、その意味は大きくなっていました。

48の金融機関

最初の2行のあとは、早かったといいます。

「その後は早かったですね」

その後の2年半で、提携は30件近くになりました。2023年6月の時点で28、2026年6月には48。ここ1年あまりの顔ぶれだけでも、福島の東邦銀行、東京・江戸川区の小松川信用金庫、大分の豊和銀行、奈良の南都銀行と続きます。大きさも土地も違う金融機関が、同じ仕組みを、それぞれの名前で出しているのです。2022年には、申し込みの総額が1,000億円を超えました。2019年の100億円から、約3年で10倍です。

そして2025年12月、少し違う形が生まれます。横浜銀行と始めたサービスの名前は「OLTAクラウドファクタリング supported by 横浜銀行」。今度は、OLTAの名前が前に出ています。

2026年6月、冒頭の東栄信用金庫で、仕組みを提供する金融機関は48になりました。追い風も吹いています。政府の方針で、紙の約束手形と小切手は、2026年度末で使えなくなります。手形を割り引いてお金に換えてきた中小企業には、代わりの手段が要る。請求書をお金に換える仕組みは、その受け皿の一つになろうとしています。東栄信用金庫との発表でも、手形を割り引く代わりの手段を補うことが、背景として挙げられていました。

2023年6月にOLTAが集めた約25億円には、岡崎信用金庫や地域のファンドも加わり、地域の金融機関が株主にも名を連ねました。2020年2月に始めた請求書の仕組み「INVOY」も、同じころ登録が10万件を超えています。

社史の目で見ると

公開されている話だけでは、分からないことが残ります。社史に残すなら、聞いてみたい場面が三つあります。

一つ目は、29歳の誕生日の翌日です。なぜその日だったのか。退職を申し出たときの上司は、何と言ったのか。勢い余った一日は、会社のいちばん最初の場面です。

二つ目は、ベンチャーキャピタルの賛否が分かれた交渉の席です。研究の会社になるか、自分でお金を届ける会社になるか。反対した側は何を案じ、賛成した2社は何に賭けたのか。

三つ目は、2020年8月までの3年間の交渉です。どの銀行に、何度断られたのか。何が最後の一押しになったのか。それは、当事者が語らなければ、残りません。

あなたの会社にも、何年かかっても続けた交渉があるのではないでしょうか。

会社の歩みを、その理由まで読めるかたちで残しておきたい方は、KATARUの読みもの(https://kataruai.com/shiryo/)もあわせてご覧ください。

参考にした公開情報

連載「そのとき、会社が動いた。」は、公開情報で読む、あの会社の社史です。

※この記事は公開情報をもとにKATARUが独自にまとめたもので、OLTA株式会社とKATARUの間に関係はありません。

この記事は、noteの連載「そのとき、会社が動いた。」にも掲載しています(noteで読む)。

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公開日:2026年10月27日 KATARU(運営 ミダスマーケティング)