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そのとき、会社が動いた。

銀行の外で生まれた法人カードが、銀行の名前になるまで

UPSIDER

UPSIDERの転機を、公開情報からたどります。

2026年6月30日。みずほ銀行が、新しい法人口座のサービスを始めました。

対象は、創業期と成長期の会社です。口座は最短でその日のうちに開けて、他の銀行への振込は100円。法人カードには、最大10億円の枠がつきます。

目を引くのは、その名前でした。「UPSIDER BANK by MIZUHO」。3メガバンクの一角が、自分の口座の看板に、創業8年の会社の名前を先に掲げたのです。

UPSIDERは、2018年に生まれた法人カードの会社です。創業者の宮城徹は、かつてロンドンで、新しい金融の会社が次々と生まれる波を見ていました。銀行の外から始まった会社が、なぜ銀行の名前になったのか。手がかりは、創業者が語ってきた「恩返し」という言葉にあると、私は考えています。

ロンドンで、新しい金融の波を見た

朝の光の金融街。古い石造りの建物の前を、新しいガラスの建物へ歩いていく人たちの後ろ姿

宮城は1990年、東京で生まれました。子どものころ、父の勤め先の経営が悪くなり、家計が苦しくなります。思い描いていた海外への留学は遠のき、私立の大学も難しい。宮城は国公立に絞って受験し、東京大学に現役で合格しました。

のちに宮城は、金融の仕事にやりがいを感じる理由として、自分の生い立ちを挙げています。お金が手元にないと、人は表情が曇り、見ている未来がすぐ手前になる。3年後、5年後を考えていた人が、半年後、1年後しか考えられなくなる。それを自分で経験してきたから、と。

大学ではスキー部に入りました。2年生のとき、部がなくなりかけます。3年生で主将になった宮城は、部を残すためのお金集めに走り回り、授業に出られずに留年しました。そのとき部のOBたちから寄せられたのが、「おまえたちしかいない」という期待だったといいます。期待に応え、「頼んでよかった」と言ってもらう。そのときの心意気と仲間をまとめる感覚が、いまの仕事の土台になっていると、宮城は語っています。

2014年、宮城はマッキンゼー・アンド・カンパニーに新卒で入ります。出だしは、つまずきました。

「本当にクビを切られる直前までいきました」

と、宮城は振り返っています。転機は、小さな金融のグループに入ったことでした。そこで、大手の金融機関の手数料の仕組みや店の配置を見直す仕事に加わっていきます。

やがて宮城は、ロンドンの支社に移ります。そのころのヨーロッパの金融は、規制がゆるめられ、大きな波のさなかにありました。「チャレンジャーバンク」と呼ばれる新しい会社や、カードを入り口に個人向けの銀行のサービスへ乗り出す会社が、次々と現れていたのです。宮城自身も、そうしたアプリを片っ端から使っていたといいます。

ただし、宮城は銀行の外にいたわけではありません。大手の金融機関の変わり方を、内側から手伝う立場にいました。外から壊す側ではなく、変わっていく側を、すぐそばで見ていたのです。

送別会で一度だけ会った人

共同で会社をつくった水野智規とは、宮城がロンドンへ発つ前の送別会で出会いました。宮城が26歳、水野が31歳のころです。

ロンドンに移って1年ほどたったころ、宮城は水野に連絡をとり、これからの仕事について相談しました。水野の答えは、相談の返事というより誘いでした。

「じゃあ、一緒に事業をやらない?」

水野は、ユーザベースやNewsPicksでマーケティングを率いたあと、自分で事業を立ち上げています。ところが、その事業は伸び悩みました。そこで水野には、自分は誰かと組んで事業をするほうが向いている、という気づきがあったといいます。

2人が顔を合わせて話したのは、それまでに送別会の1回だけだったと、水野は振り返っています。それでも2人は、2018年5月に会社をつくります。

話し合いの中で水野が投げかけたのは、誰のために人生の時間を使うのか、という問いでした。宮城がたどり着いたのは、挑戦している人のために時間を使いたい、という思いです。それが、会社が掲げる使命「挑戦者を支える世界的な金融プラットフォームを創る」につながっていきます。

宮城は、この始まりについて、お客様の求めから生まれたというより、誰のために時間を使いたいかという視点で水野と意気投合したところが大きかった、と語っています。商品より先に、相手が決まっていた。この順番が、のちの判断を左右します。

限度額が、成長に追いつかない

挑戦する人のための金融。では、何から始めるのか。2人が選んだのは、法人カードでした。

当時、伸びている新しい会社には、共通の悩みがありました。カードの限度額が足りないのです。広告に大きなお金をかけて勝負に出たいときに、決まりきった審査で決まる枠では足りない。枠が尽きて支払いが止まり、サーバーが落ちてしまうことさえありました。明細が確定するまで時間がかかり、毎月の決算も遅れる。何人もで1枚のカードを使えば、何に使ったのか分からない明細が残る。上場を目指す会社にとって、どれも小さくない傷です。

宮城は、その悩みをこう言い表しています。

「カード会社の限度額と成長速度が見合わないケースが多い。」

ところが、この答えを形にするまでが長かったのです。カードの会社は、使われた代金をいったん立て替えます。手元に大きなお金と、相手を見極める力がいる商売です。しかも、手本にできる先の例も、知見もありませんでした。

2人は、決済ブランドから渡された分厚い資料を読み込み、顧問の弁護士や業界団体の力も借りて、金融の事業に必要な免許の取得を進めていきます。宮城は、この時期をこう振り返っています。

「創業から約4年間は、日の当たらない場所でずっと試行錯誤を繰り返していました」

とくに最初の2年ほどは、手探りで事業にするための準備を続けていたといいます。

2020年6月、2人は複数のベンチャーキャピタルから新たにお金を集めます。立て替える商売には、まず元手がいる。その年の7月に法人カードの提供を始め、9月29日には正式にリリースしました。限度額は1,000万円から1億円。掲げた言葉は「上場のための法人カード」です。部署ごと、使う人ごとにカードを分けられ、限度額だけでなく、経理の悩みまでまとめて引き受ける設計でした。

一社だけでは、届かない

カードは、伸びる会社に受け入れられていきます。2023年1月には、決済の額が積み上げで1,000億円を超えました。2023年7月末には、カードと支払い.comを合わせて2万5,000社。その1年前から、2万社も増えた計算です。

UPSIDERは、自分たちだけで大きくなろうとはしませんでした。2022年4月、クレディセゾンと組んで「支払い.com」を始めます。請求書の支払いを、カードで済ませられるサービスです。組んだ相手は、長い歴史を持つカード会社でした。

それでも宮城は、2023年夏までの1年を「歯がゆさが残る1年でした」と振り返っています。法人カードの外へ事業を広げる準備に、時間がかかった。

「要は経営力が足りていなかったんです」

その答えの一つが、2人の代表の体制でした。2022年8月に水野が代表取締役に加わり、2023年からは、水野がカードと支払い.comを、宮城が新しい事業と経営の土台づくりを受け持ちます。水野は、それまであまり目立ちたくないと思っていたと明かしています。自分を矢面に立たせることで、経営のチームが強くなった、と。

2023年の夏、UPSIDERはAIの審査の仕組みを作り直し、銀行の口座の動きに加えて、カードの使われ方や支払いの履歴まで読むようにしました。審査の効率は以前の10倍を超え、2024年4月には、カードの枠の合計が1兆円を超えます。

2023年11月には、UPSIDERはみずほフィナンシャルグループと組んで、成長する会社にお金を貸すファンドをつくりました。規模は100億円。カードで磨いてきた、AIで相手を見極める仕組みを、今度は融資に生かす試みです。宮城は、その思いをこう語っています。

「自分たちが成功したいとかじゃないんです。僕らがつまずいたら、挑戦する人にお金を出す仕組みがなくなってしまうんじゃないかという危機感がある」

ファンドは、2025年5月末までに130億円を超えるお金を貸し出します。2つ目のファンドには、国内の金融機関がさらに7社加わりました。一社のスタートアップが始めた仕組みに、古くからの金融機関が次々と乗ってきたのです。

宮城は別の場で、自分たちを必要としている会社は100万社以上あると語っています。100万社に届けるには、一社の力では足りません。

2024年6月、宮城はあるインタビューで、これからについて話しています。キャリアの前半で、大きな金融機関の人たちと仕事をしてきた。だから、

「そこに恩返しをしていきたい」

金融機関が積み上げてきた知見や信用と、自分たちの得意なAIを掛け合わせれば、お客様の信用を一緒につくれる。宮城はそう続けました。学生のころ、OBたちの期待に応えて部を残した人の言葉です。何事も時間がかかり、すべてがうまくいくとは限らない。そんなときに助けてくれた人の役に立ちたい、恩返しをしたい。その気持ちで事業をしてきたからここまで来られた、とも宮城は語っています。

その1年後、みずほとの話が表に出ます。

そのとき:2025年7月29日

2025年7月29日、みずほ銀行が発表しました。UPSIDERの持株会社の株式の約70%を、国内外のベンチャーキャピタルなどから約460億円で取得する。UPSIDERは、みずほ銀行の連結子会社になる見込みだ、と。

このとき、UPSIDERを使う会社は8万社を超えていました。法人カードを正式にリリースしてから、5年足らずです。

伸びていた会社が、なぜ大きな銀行の傘の下に入るのか。発表の日、宮城は、5年間で売上が100億円になり、この分野では順調に伸びてきたと話しています。そのうえで、こう語りました。

「8万社にしかリーチできていないというのは問題だと考えていた」

8万社「も」ではなく、8万社「しか」。必要としている会社が100万社あるなら、届いているのはまだ1割にも満たない。宮城の目には、まだ届いていない会社のほうが大きく見えていたのです。みずほと一緒になれば成長の速さを上げられる、と宮城は続けました。

売って終わり、でもありませんでした。創業の株主は株を持ち続け、いまの経営の体制もそのまま。将来の上場も、目指す道として残されました。宮城は、上場は「あくまでメインシナリオ」だとしています。

迷っていたのは、銀行の側も同じでした。みずほフィナンシャルグループの木原正裕社長は、この分野について、こう明かしています。

「マネタイズできるかどうかを正直悩んでいた」

その迷いを変えたのが、一緒に始めたファンドでした。賛同する会社が増えていく手応えを踏まえ、木原社長は、中小企業を支えることは、いまや自分たちに課せられた使命だと語っています。

2025年9月19日、取得は済みました。みずほ銀行が持つUPSIDERの持株会社の株式は、76.9%。UPSIDERは、みずほ銀行の連結子会社になりました。

看板に名前が載った日

朝の光が入る明るい銀行のロビーと、手前の机の白いカード

それからおよそ9か月後の2026年6月30日。冒頭の「UPSIDER BANK by MIZUHO」が始まります。

みずほ銀行と新しく取引を始める会社に向けた、ネットで申し込む専用の口座です。口座、ネットバンキング、法人カード、ネットでの融資を、組み合わせて使えます。法人カードの最大10億円の枠は、UPSIDERのAIが相手を見極めて出します。2020年に最大1億円から始まった枠は、10倍になりました。

みずほ銀行は、2030年度までに累計10万口座を目指すとしています。8万社に「しか」届いていないという悩みに、銀行の窓口で答えようとしているのです。

もちろん、払ったものもあります。UPSIDERは、もう自分たちだけで行き先を決められる会社ではありません。株式の8割近くは銀行のものです。挑戦者のための会社が、大きな銀行の内側に入った。その重さは、これから試されていきます。

社史の目で見ると

銀行の外で生まれた法人カードが、なぜ銀行の名前になったのか。

答えは、最初から「誰のために」が決まっていたからだと思います。UPSIDERは、銀行に勝つことを目指した会社ではありませんでした。挑戦する人にお金を届けることを目指した会社です。だから、届く先を広げられるなら、銀行の内側に入るという道も選べた。ロンドンで新しい金融の会社が次々と生まれるのを見ていた人が、古くからの銀行と組む。逆の答えに見えますが、支えたい相手が変わっていない以上、筋は通っています。

社史に残すなら、場面は三つあると考えます。

一つ目は、ロンドンへの送別会です。たった一度会っただけの2人が、なぜ一緒に会社をつくると決められたのか。誘った側と誘われた側の記憶は、たいてい少しずつ違っています。その違いこそ、残しておく値打ちがあります。

二つ目は、宮城が「日の当たらない」と振り返る最初の4年間、とくにカードが出る前の2年間です。免許をそろえ、資料を読み込んでいた日々に、何度やめようと思ったのか。うまくいった会社ほど、この時期の記録は薄くなりがちです。

三つ目は、2025年7月の決断に至るまでの話し合いです。上場をいまも本筋の道としながら、銀行の傘に入ると決めた。そのあいだに、社内で何が語られたのか。それは、当事者が語らなければ、残りません。

あなたの会社にとって、「恩返し」をしたい相手は誰ですか。

会社の歩みを、その理由まで読めるかたちで残しておきたい方は、KATARUの読みもの(https://kataruai.com/shiryo/)もあわせてご覧ください。

参考にした公開情報

連載「そのとき、会社が動いた。」は、公開情報で読む、あの会社の社史です。

※この記事は公開情報をもとにKATARUが独自にまとめたもので、株式会社UPSIDERとKATARUの間に関係はありません。

この記事は、noteの連載「そのとき、会社が動いた。」にも掲載しています(noteで読む)。

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公開日:2026年10月26日 KATARU(運営 ミダスマーケティング)