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そのとき、会社が動いた。

トイレの空きを知らせる会社は、なぜ避難所の地図をつくったのか

バカン

バカンの転機を、公開情報からたどります。

2020年9月、台風10号が九州に近づいていました。

宮崎県日南市。人口およそ5万人の市で、およそ1万人が、避難所の混み具合を知らせる同じサービスを使ったと報じられました。どの避難所が混んでいて、どこにまだ入れるか。それを出かける前に確かめられる仕組みです。

その仕組みをつくったのは、東京のスタートアップ、バカンです。社名は英語の「vacant(空いている)」から来ています。

ところが、この会社がもともと知らせていたのは、避難所の空きではありませんでした。オフィスのトイレの個室や、商業施設のレストランの空きです。創業のきっかけは、ぐずり出した子どもでした。

トイレの空きを知らせていた会社は、なぜ4年あまりで、災害の夜に1万人が頼る仕組みをつくれたのか。答えは、客が一斉に消えた2020年の春にあります。

バカンの歩みの年表(2016〜2025年)

泣き出した子ども

バカンを起こした河野剛進は、もともと研究員でした。三菱総合研究所で金融やIT、AIの研究に3年半ほど携わり、そのあとグリーで事業戦略や新しい事業の立ち上げを担っています。

市場のリスクを測り、数字で先を読む。そうした仕事をしてきた人が起こしたのは、意外にも、ごく身近な不便を解く事業でした。

きっかけは、仕事ではなく家族との外出でした。

子どもを連れて商業施設に出かける。レストランは混んでいて、トイレには行列ができている。待っているうちに子どもがぐずり出し、そのまま帰る。そんなことが重なり、外出が億劫になったと河野は語っています。

河野は、そのときの気持ちを「行ってみたけど、空いていなかった。」という一言で表しています。20代は仕事に打ち込み、結婚して子どもが生まれた。楽しみにしていた家族の外出が、楽しいどころか疲れるものになったのです。

ここで河野が考えたのは、待つ時間そのものをなくすことでした。いま空いている場所が、出かける前に分かればいい。なぜその事業を選んだのかと聞かれ、河野はこう答えています。

「私の場合は、自分がそういうサービスが欲しかったからです」

2016年6月、バカンが生まれます。3か月後の9月には、東急のアクセラレータープログラムのデモデイで賞を受けました。掲げた言葉は「いま空いているか、1秒でわかる優しい世界。」でした。

私の見方では、この時点のバカンが売ろうとしていたのは「空き情報」ではありません。「待たずに済む時間」です。この違いが、4年後に効いてきます。

個室の空きを数える

最初の数年、バカンは空きを数える技術を磨いていきました。

2017年7月、バカンは大企業と組むアクセラレータープログラムに参加します。翌2018年10月、東京・新橋に新しく建ったオフィスビルで、トイレの混み具合を調べられる仕組み「THRONE(スローン)」を始めました。個室にセンサーを付け、空いているかどうかをスマートフォンで見られるようにしたのです。国内初の取り組みとして発表されています。個室の前で待つ人も、席を立つたびにのぞきに行く人もいなくなる。小さな不便ですが、毎日のことです。

東京都の支援プログラムでも、大企業と組みました。AIの画像認識で、商業施設全体の空き状況が分かる仕組みをつくる。完成までには1年以上かかったといいます。相手は鉄道会社や不動産の会社でした。

河野は、大企業と組むときの考え方をこう語っています。

「大企業との連携を考えたときに、わかりやすく自社の強みがあったほうが組みやすくなります」

お金を出したのも、大企業でした。2018年6月に1億円、2019年6月には7.9億円を調達しています。2019年の出資者には、NTT東日本、清水建設、ティーガイア、JR東日本の投資会社が並びました。通信、建設、鉄道。どれも、人が集まる場所をつくり、動かす会社です。

横浜では、高島屋横浜店や相鉄ジョイナスの一部の店で、空席の情報をパソコンやスマートフォンから確かめられるようになりました。東京・大手町では日本経済新聞社と組み、弁当の取り置きと事前決済の仕組みも始めています。昼どきの行列を、待たずに済ませるための仕組みです。

技術を守る手も、早くから打っていました。創業まもなく5件の特許を出願し、のちに国内外で70を超える権利を取得、または出願しています。2020年2月には、特許を専門に扱う社員も迎えました。空きを数えて知らせるという、一見すると単純な仕組みを、会社の財産として固めていったのです。

導入先は、百貨店、飲食店、オフィス、駅、空港へと広がっていきました。2019年4月には上海に初の海外法人を設けます。河野は「時間に対する価値は世界共通ですから、最初から海外展開を考えていました」と語っています。待つ時間をなくしたい気持ちは、どの国でも変わらない。だから最初から世界を見ていた、というわけです。同じ年、経済産業省が選ぶ「J-Startup」にも名を連ねました。

つまり、2019年までのバカンは、人がたくさん集まる場所のための会社でした。人が集まるほど、空き情報の値打ちが上がる。事業は、その前提の上に組み立てられていたのです。

裏を返せば、人が集まらなくなったとき、事業の土台そのものが揺らぐ形でもありました。

その前提が、翌年、崩れます。

客が消えた春

2020年の春、新型コロナウイルスが広がりました。

駅も、オフィスも、商業施設も、空港も、次々に休業します。バカンの導入先そのものです。人が来なければ、空きを数える意味がありません。事業は厳しくなったと河野は振り返っています。上海の法人は、開いてから1年半で、この流れに巻き込まれました。

河野は、このころの気持ちを率直に語っています。

「最初は変化することが怖かった」

創業から4年。大企業と組み、特許を固め、海外にも出た。その積み上げが、一つの感染症で行き場を失いかけたのです。

なぜ怖かったのか。河野は「環境が変化する中で自分たちがどう変わればいいのか分からなかったからです」と続けています。

けれども、同じ春、世の中の「空き」の意味が変わり始めていました。

それまで空き情報は、便利さのための情報でした。待たずに済む。時間を無駄にしない。ところがコロナ禍では、混んでいる場所そのものが避けたい場所になります。空いているかどうかは、安心できるかどうかの情報になったのです。日本では、便利さより安心や安全を求める問い合わせが増えていったと報じられました。

河野は、このとき自分たちにできることを、こう言い表しています。

「お客さまの声を聞き続けながら、お客さまと一緒になって価値をつくっていくことだと気づきました」

そのとき、会社が動いた

2020年6月、バカンは地図の形で空き状況を知らせる「VACAN Maps」の提供を始めます。飲食店、商業施設、観光地、そして投票所。混み具合は4段階で示され、アプリを入れなくても見られます。神奈川県の江ノ島では、町を単位に導入されました。人の集まる場所のための仕組みが、人の集まりすぎを避けるための仕組みに変わったのです。

投票所が入っていることにも、意味があります。投票所は、市や町が開く場所です。混み具合を知らせる相手が、店や施設の持ち主から、自治体へと広がり始めていました。飲食店のために磨いた地図が、行政の窓口にも届くようになる。避難所までは、あと一歩でした。

そして2020年8月、東京都多摩市で、避難所の混み具合を知らせる仕組みが動き出しました。

背景にあるのは、コロナ禍の避難所が抱えた問題です。人と人の距離をとるため、一つの避難所に入れる人数が、従来より少なくなる。逃げてきた人が入れず、別の避難所へ回される事態も起きていたと報じられています。どこに空きがあるかを先に知らせれば、一つの避難所に人が集中するのを避けられます。

考えてみれば、これはバカンが創業のときから解こうとしてきた問題と同じ形をしています。行ってみたけど、空いていなかった。商業施設のレストランなら、子どもがぐずって帰るだけで済みます。避難所では、そうはいきません。雨や風の中を、次の避難所まで歩くことになるのです。

河野は、その意味をこう語っています。

「水害や地震などの災害発生時には、避難所への一極集中が起きてキャパシティーを超えてしまうと、住民・職員双方に大きなストレスになります」

翌月、台風10号が九州に近づきます。冒頭の日南市で、人口の5人に1人がバカンのサービスを使ったのは、このときでした。

ここで大事なのは、バカンがまったく新しい技術をつくったわけではない点です。空きを数え、先に知らせる。やっていることは、トイレの個室と同じです。変わったのは、誰のために数えるかでした。私の見方では、「待たずに済む時間」という最初の考えがあったからこそ、相手を商業施設から自治体に替えても、事業の芯はぶれなかったのです。

300の自治体

その後の広がりは、数字が物語っています。

2020年12月16日、群馬県館林市はバカンと協定を結びました。災害のとき、市内60か所の避難所の混み具合を、4段階で知らせる。館林市は前の年の台風で、初めて避難勧告と避難指示を出していました。そのときの経験を踏まえた協定です。こうして一つ、また一つと、自治体との約束が積み上がっていきます。

避難所への提供を始めて11か月で、導入した避難所は1万か所、自治体は170を超えました。2021年9月の発表です。人口でみたカバー率は、国内の15%に達しています。2021年12月には、導入した自治体が196になりました。

2025年6月、バカンは導入した自治体を「約300」と発表しています。2020年8月の多摩市1市から、5年足らずで300に増えたことになります。災害のときに避難所や混み具合を知らせる地図「VACAN Maps」は、200を超える自治体で使われ、2023年には台風7号や台風13号の際にも使われました。

人の流れが戻ってくると、もとの仕事も戻ってきました。2023年4月には、栃木県佐野市で、ラーメン店およそ90店と観光地27か所を対象にした実証実験が始まります。AIカメラ、デジタル整理券、ボタン型の装置。店に合わせて混み具合を知らせる方法を選び、地図に載せる。このころ「VACAN Maps」に載る場所は、全国で1万5,000か所を超えていました。

つまり、避難所の仕事は、もとの仕事を捨てて始めたものではありませんでした。同じ地図の上に、行列のできるラーメン店と、台風の夜の避難所が並んでいる。ふだんは店の混み具合を、災害のときは避難所の混み具合を知らせる。一つの仕組みが、二つの役目を持つようになったのです。

扱うものも広がりました。避難所を運営するための仕組み、公共施設の予約の仕組み。駅や商業施設のための会社は、自治体のための会社という顔を持つようになったのです。2025年6月の時点で、社員は80名です。

失ったものもあります。客が消えた春、事業は厳しくなり、上海の法人も思うように動けなくなりました。300の自治体は、その春を越えた先にあった数字です。

そして、もう一つ。自治体の仕事は、ふだんは目立ちません。台風や地震が来なければ、避難所の地図は開かれない。それでも、来たときには、その地図が人の行き先を決めます。便利さを売っていた会社は、いざというときの備えを預かる会社にもなりました。

ここで見逃せないのは、2019年に出資した顔ぶれです。駅や建物をつくる会社のお金で磨いた技術が、自治体の避難所で生きた。大企業と組んで育てた「空きを数える力」は、客が消えても会社の中に残っていたのです。

河野は、この経験から学んだことを、次のように語っています。

「状況に応じて自ら変化し続ければ道は開ける」

最初は怖かったという変化を、河野は道を開くものとして言い直しました。この二つの言葉のあいだに、2020年の春があります。

バカンの仕組みを導入した自治体の数の推移(2020年8月の1市から2025年6月の約300まで)

社史の目で見ると

冒頭の問いに戻ります。トイレの空きを知らせていた会社は、なぜ避難所の地図をつくれたのか。

私は、売っていたものを「技術」ではなく「待たずに済む時間」と捉えていたからだと考えます。技術で自分たちを定義していたら、トイレや商業施設が閉まった時点で、売る先を失っていたはずです。困っている人が待たずに済む。その目的で自分たちを定義していたから、客が消えた春に、別の困っている人を見つけられた。私の見方では、それが避難所でした。

裏を返せば、どんな技術も、それを何のために使うかを決めているのは会社自身だということです。トイレの個室に付けたセンサーと、避難所の混み具合を知らせる地図は、技術としては地続きです。違いを生んだのは、春に客が消えたとき、自分たちの事業を何と言い表したかでした。

もう一つ、目を引くことがあります。きっかけは、ぐずり出した子どもでした。待てない人のために始めた事業が、4年後、待っていられない状況にいる人のための事業になった。出発点の感覚が、いちばん苦しい時期に会社を導いたように、私には見えます。

社史に残すなら、次の3つの場面だと私は考えます。2016年、子どもと出かけた商業施設で、外出が億劫になった日。2020年の春、導入先が一斉に休業し、「変化することが怖かった」日。そして2020年8月、初めて避難所の空きを知らせた日です。

最初の顧客が誰で、2020年の春にどの導入先が止まり、最初に声をかけてきた自治体はどこだったのか。こうした細部は、公開されている情報からはたどりきれません。

数字は、発表資料に残ります。けれども、怖かった春に会社の中で何が話され、なぜ避難所だったのかは、当事者が語らなければ残りません。

あなたの会社が、いちばん苦しかった時期に見つけた「新しいお客様」は誰でしたか。

会社の歩みを、その理由まで読めるかたちで残しておきたい方は、KATARUの読みもの(https://kataruai.com/shiryo/)もあわせてご覧ください。

参考にした公開情報

連載「そのとき、会社が動いた。」は、公開情報で読む、あの会社の社史です。

※この記事は公開情報をもとにKATARUが独自にまとめたもので、株式会社バカンとKATARUの間に関係はありません。

この記事は、noteの連載「そのとき、会社が動いた。」にも掲載しています(noteで読む)。

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公開日:2026年10月23日 KATARU(運営 ミダスマーケティング)